先生話がつまらないです。

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こんにちは。
乾達朗です。
ずっと思っていたことがあります。
小学生、中学生、高校生、(大学生)を過ごしてきた中で、今思い返してみると、好きだった先生や尊敬する先生、あるいは印象に残っている先生って少なすぎる。みんなどうですか??片手で数えられる程度じゃない?

これまで何人の先生にお世話になってきたのだろう。きっと100人以上に及びます。
小、中、高のときなんて、集会やら、朝会やら、あらゆるときに、体育館に集められ、先生から長々と話を聞いていたけど、そのほとんどが退屈だった。(高校の校長先生の話しは毎回面白かった)
自分は”話を聞け”と怒られることが多かった。
聞きたくなるような話、話し方をしてくれと毎日思っていた。生徒を注意することで大きな仕事していると自分に酔っている先生は一番危険。実際そんな先生はいた。社会のストレスを子どもに向けるのはもはや虐待。
魅力的な話をしてくれるなら俺は誰よりも真剣に話を聞くのになー。つまんないからじゃん。とも思っていました。
きっと子どもは大人が思っているほど子どもじゃないし、そういう扱いかたをするべきだと思う。
教育はとても難しいことだと思います。
自分は学校の先生になったことはないけど、子どもたちにサッカーを教える場面が多々あります。
例えば選手がゲストコーチとして子どもたちにサッカーを教えにいく機会。
そんなとき、どのようにしたら子どもたちの興味を惹くことできるのか。もちろん考える。
自分は子どもに感情が表にでるようなアプローチの仕方をすることが多いです。楽しい、勝ちたい、悔しい、負けたくない、といったような感情が高ぶるように、誘導していくということ。
そうすると子どもは自然とこちらに注目してくれることが多いです。
自分が中学生のころ、美術の先生が卒業前に話してくれた言葉を今でも覚えています。
“今している努力や頑張りは、目に見えないけど蓄積されていて、いつかそれがパッと花開くときがきます”そう話してくれました。
いつどこで自分が話したことが子どもにとって特別な言葉になるのか。それはわからないけど、大人として責任を持って話をすること。これは心がけています。
学校の先生を否定したいわけではなくて、もちろんとても素晴らしい、大好きで尊敬する先生にも出会ってきました。
しかしながら、
たとえば、とりあえず教員免許とっておいたし、就活うまくいきそうにないし、先生になるか。このパターンで教師になる人も多分少なくない。
そう。今になって1つ思うのは、先生は先生になるために特別な生き方をしてきた訳ではないんだということ。
子どものころに特別だと思っていた先生も実際特別な人ではなかったんだということ。
要するに話のつまらない魅力的じゃない先生がいるのも至って自然だということ。
ただただ勉強ができる人ならその全員の話が面白いわけではない。
しかしながら、特別な人、さまざまなジャンルで活躍する人、経験を多く積んできた人、そんな人の話はきまって面白かった。
そんな人が学校教育の現場に入って、勉強以外のことを教えたり伝えるようなシステムが自分の学生時代にもっとたくさんあったら、今、社会人になったときに活かしていける財産を今以上に身に付けてこれたのではないかなと思う。
今の学校教育現場にそのようなシステムがどの程度あるのかはわかりませんが。(勉強不足です)
最後に。決して自分なら立派な先生になれるといっているわけではない。
自分に学校の先生のような素晴らしい仕事ができるだけの器はないし、おもしろい話ができるわけでもない。
先生って最高。
これでこのブログをしめたいと思います。
では。

 

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